佐竹13代義仁が、応永年間(1394~1427年)に鎌倉の鶴岡八幡宮の分霊を、舞鶴(太田)城中に奉るようになったのがその始まりと言われています。
現在の場所に移されたのは宝永5(1708)年のことで、水戸徳川の時代においても篤い信仰を集めたといいます。
鳥居をくぐったすぐ先にある樹齢約500年の大ケヤキは、県指定天然記念物でもあります。
そんな由緒ある鎮守の御神幸祭(五年に一度)が晴天の下、行われました。
今回地元町会の副会長という立場から、唯一の40歳代の世話人として、実行委員に加わり運営側で携わるという、貴重な機会を与えていただきました。
これまで、数回に及ぶ実行委員会を重ね、いよいよ本番当日。
朝6時から夕方6時まで、まさに日の出から日の入りまでの時間を
16町内、渡御を行いました。
途中、4ヶ所に設けられた、御旅所では祭典が行われ、その司会進行役という大役も仰せつかり、緊張の糸の緩まない1日でありました。
詳しい内容は、とても1度には伝えきれないので、数日間連載でお伝えします。
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