活動報告

茨城県 商店街活性化コンペ事業

藤田けんじのブログ
茨城県立図書館で、平成21年度のコンペ事業の報告会があり、鯨ヶ丘倶楽部メンバー5名で参加し、市や商工会の職員も同席のもと、1年間の鯨ヶ丘の活動を映像にまとめ、発表をしてきました。

昨年度共に受賞した県内の他7団体の発表もあり、それぞれの地域で同じ志のもと活動している仲間の発表に勇気を頂き、第2部では情報交換も行いました。

このコンペ事業は、応募された30以上の団体のうち書類審査、公開プレゼン審査を経て、最優秀及び優秀プランを選出し、県が補助金を助成するという施策で、鯨ヶ丘倶楽部は初年度の平成19年度に最優秀プラン、平成21年度には優秀プランと3年間で2度受賞を果たしています。

仲間との活動の想いが評価された証として励みになると同時に、この施策の効果でマスコミなどにも多く取り上げられるようになり、視察や街散策に訪れる人が増えた、まさにそのきっかけとなった大変意義ある事業です。

IBSラジオ生放送

藤田けんじのブログ
端午の節句に合わせて、うちのサロンに「吊るし飾り」を提供してくれている知人から連絡があり、茨城放送のレポーターが、是非、鯨ヶ丘の端午の節句について取材したいとの旨、電話がありました。

幸いに時間がとれたので快諾し、打合せの後、生放送(約10分)で、スロータウン鯨ヶ丘の和暦を通じたイベントや、地域の皆さんの協力により、回を重ねるごとに来街者が増えている点など、お話をさせていただきました。

藤田けんじのブログ
レポーターとして訪ねてこられた女性3人も、鯨ヶ丘の取り組みに興味を持っていただけたようで、取材終了後には、近所の有名店のソースカツ丼まで食べていってくれました。

最近は、TV、ラジオ、新聞など、各メディアが常陸太田を取り上げていただく機会が多くなり、そのPR効果には感謝するとともに、地元市民として大変誇りに感じています。

そして今回の取材の件も含め、本当に多くの皆さんの支えにより、少しづつ街が輝きを取り戻してきていることに感謝の想いと、これからも活動を継続していかなければという責任を再認識させていただきました。

藤の花飾り

藤田けんじのブログ 5月15日・16日に開催される、若宮八幡宮の御神幸祭の準備を行いました。

この御神幸祭は、300年程前から続けられている伝統ある祭事です。

16日には、神輿・お囃子・山車に、稚児が加わり、江戸時代の絵図に則り、渡御行列が行われます。

また、4か所に設けられたお旅所では、巫女舞(鶴子舞)も奉納されます。

藤田けんじのブログ
今回、初めて世話人として携わる機会を与えていただき、巫女舞の舞台づくりや、地元町会の子ども神輿・行列参加者の連絡窓口役として、準備を進めています。

当日は、御旅所祭の司会進行も担当する予定です。

改めて、地域の歴史や伝統文化への関心が深まり、継承することの大切さ、素晴らしさを再認識する貴重な機会となりました。

今年の御神幸祭については、後日報告いたします。

新しい仲間

夏の太田まつりに向けて、今年度第1回目の実行委員会が開催されました。

26名のメンバーが留任、2名の方が新たに委員に加わりました。

2名の新メンバーのうち、一人は神輿の会からの参加でありますが、なんともう一人の方は、市のホームページで実行委員の公募の案内をみて参加されてきた方だったのです。

その方の話によると、常陸太田に移住し約15年、子育ても一段落したこともあり、今までは、観客として子どもと一緒に楽しませていただいた太田まつりに、これからは設営サイドで協力したいということであったのです。

会場からは、大きな拍手が沸き起こり、こんな素敵な仲間の参画に、感激で胸がいっぱいになる想いでした。

新聞掲載


藤田けんじのブログ先日取材を受けた劇工房「橋の会」の稽古の様子が、本日の茨城新聞の社会面に大きく掲載されました。

今年の演目は、明治時代のシンガポールで家族への仕送りやお国への献金のため、娼婦として働かされていた女性たちを題材とした「からゆきさん」。貧しさの中で時代に翻弄され、異国の地で忘れ去られていった女性たちに光を当てた内容です。

今年で5年目の参加となりますが、演劇は自分でない自分を演じられることで、逆に改めて自分自身を見つめ返すことへも繋がり、とても勉強になっています。

本番に向け残された稽古で、来場された観客の皆さんに、感動を伝えられるよう頑張ってまいります。

鯉のぼり

藤田けんじのブログ
鯨ヶ丘倶楽部メンバーで、ふれあい広場の鯉のぼりを設置しました。

~和暦の時が流れる街~「スロータウン鯨ヶ丘・端午の節句」がいよいよ今週末15日からスタートします。

今年は昨年以上に数も増やし、大小の鯉が、元気に舞い泳いでいます。

通りすがりの車がスピードを落として見ていってくれたり、近所の子ども達が早速集まり、低い位置の鯉のぼりに触れながら楽しむ光景が見受けられ、そんな子ども達の笑顔や、喜ぶ姿こそが、倶楽部メンバーの活動の源となっています。

創部110周年

藤田けんじのブログ
今年で創部110周年を迎える、茨城県立太田第一高等学校野球部。

今日はOB会の役員会が開かれました。

議題は、6月1日の創部の日の記念事業についてでした。

現在OB会会員数は591名と、県内有数の伝統校でありながら、明治33年に創部以来、関東大会出場をはじめ多くの実績を残しているものの、残念ながら甲子園出場の機会には、まだ恵まれていない学校です。

創部100周年の際には、約5年を要して「鯨岡球児の一世紀」と題した野球部の記念誌(二分冊計872頁)をOB会で編纂(写真)、1000部出版しました。

昨夏はシード校を撃破し、準々決勝で常総学院と対戦し接戦の末敗れたものの、6年ぶりのベスト8進出とあって、野球部OBは勿論、多くの卒業生もスタンドに詰めかけ、熱のこもった応援を繰り広げました。

後輩の現役部員の諸君には、是非祈願である甲子園出場目指し、頑張ってもらいたいとエールを贈ります。そしていつの日か甲子園球場のアルプススタンドで、母校の校歌を声高らかに歌える日を夢見て・・・

感動の手紙

藤田けんじのブログ
今日、一通の手紙が届きました。

住所には町名、番地も記載されていなく、郵便番号も下4ケタは不明。もちろん名前も無い状態。但し、店舗名はまぎれもなく、うちの店名。

不思議な手紙とは思いつつ、裏の差出人を確認したところ、千葉県松戸市・・。もしかしてあの時のおばあちゃんではと、半信半疑で開封したところ、予感が見事的中。

実は、先月18日まで鯨ヶ丘で開催していた、ひなまつりに訪れてくれた80歳前後の女性の方からだったのです。

最終前日、デジカメを首から下げ、雨の降る中、傘をさし店外から雛飾りを見てくれていたので、声をかけお話したところ、松戸からわざわざ電車で来られたということで、とても印象に残っている人でした。

店内で、いろんな話をした後、街散策に出かけられ、約4時間程たった帰り際に、再び立ち寄ってくれて、「どこの店にいっても皆さん親切に対応してくれて、雛飾りは勿論、すごくいい街ですね」と来街していただいたお客様から、逆にこちらがお茶菓子までいただいてしまって・・。

そして、今日の手紙には再度お礼の文面と併せて、おばあちゃんが撮った、うちの店のひな飾りの写真をシールにプリントしたものまで同封し、送ってくれたのです。

行事を通じて、街としてのおもてなしの心が伝わってくれたことへの感激と、おばあちゃんの温かい気持ちや行動に強い感動を覚えました。早速お返事を書きたいと思います。そしてまたお会いできることを願って・・・。

ポケットパーク

藤田けんじのブログ-雪化粧のふれあい広場
常陸太田の中心部にユニークな形をした公園があります。

その名も「鯨ヶ丘ふれあい広場」。

地元の子ども達からは、「くじら公園」の愛称で親しまれています。

実は公園の真ん中に親子の鯨の形をした丘があるのです。

(写真は今年の冬に雪化粧した公園とその鯨!)

元は消防署が建っていた場所ですが、移転に伴い、しばらく空き地になっていたところを、地元住民が管理等責任を持つという条件で、街中の憩いの場として公園整備を行政に要望し実現した広場です。

計画段階(デザイン)から地元住民が参画したことにより、広場への愛着が深まり、現在は45名のサポーターでローテーションを組み、毎日トイレや広場内の清掃を行うなど、行政と市民の協働事業のモデルケースにもなっています。

一本の電話

以前ディア・ドクターの映画のロケの際に、同じシーンの撮影でご一緒し、その後、連絡を取り合っている俳優さんから電話がありました。

その内容はというと、昨年暮れに常陸太田で開催したモアリズム(映画の挿入曲担当アーティスト)のライブの際に、プライベートで遊びに来てくれた時、再会の記念にと贈った「鯨ヶ丘オリジナルTシャツ」の件でした。

話によると、“あの時は時期的に冬場だったので、正直そのまましまい込んでしまっていて、最近の夏日の陽気で、ふと、そのTシャツを思い出し着たところ、色といい、デザインといい、かなりイケテルので、これから常陸太田のPRのためにも頻繁に着用します”といった、内容の電話だったのです。

彼とは、たまたま映画の撮影の合間に、“地方ロケでの楽しみの一つに、その土地のおいしい物を食べらることなんです”との話題がきっかけとなり、撮影オフの日に、常陸太田のおすすめの店で、地元エキストラで参加した仲間と共に一席設けたことがきっかけで、意気投合しお付き合いが始まった間柄です。

電話をくれる際には、毎回口癖のように、“たいした話じゃないんですけど・・”と言いながらも、思い出したかのように些細な内容でも連絡をくれる・・・そして何よりも、“田舎の風景と地元の人の温かさに惚れちゃいました。、僕は常陸太田のファンの一人です”と言ってくれる彼・・・  俳優としての益々の活躍を願いながら、そしていつまでもお互いを励まし合える、「良き友」であり続けたいと思います。